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2023年12月24日 (日)

刀剣思想

山本紀久雄が『江戸開城談判』壁画を描いた画家・結城素明の刀剣思想について20231220日に発表いたしました。

聖徳記念絵画館の壁画「江戸開城談判」を描いた「結城素明」は、刀の取り扱い作法を無視し、右脇から左脇に刀を配置し描いている。

これは、刀剣思想について理解していないのではないかという疑問から、日本における刀剣思想について以下のように解説した。

剣とは両刃(りょうば)、諸刃(もろは)、つまり両サイドに刃がついたものである。刀とはそれを縦に割ったような形の片刃(かたは)のものをいう。

この区別は、既に日本に刀剣が伝来する前の古代中国においてなされていた。使われはじめたのは剣の方が先である。

古代中国の春秋時代にあたる紀元前6世紀から前4世紀頃の呉越(ごえつ)地方が、刀剣の歴史と思想の起点と考えてよい。

参考とするのは『刀剣の歴史と思想』(酒井利信著 日本武道館刊 2011)である。

この当時の日本列島は、中国大陸の文明とは格段の差があり、大陸から押し寄せた金属文明の代表格であった刀剣が、すぐには日常的な道具とはならず、人々は刀剣に非日常的な神性を感じ、神々との交信の具としてこれを崇(あが)めた。

特に呪術(じゅじゅつ)宗教観念が支配的であった古代の日本では、剣が呪具として重用された。つまり、剣は「神を祀る呪具」であり、日本人は剣を神聖視し、剣を神々との関係において語る「神話」を生み出した。

その事例として、簡単に天皇家に伝わる天孫降臨神話を述べた。

天上界の統治者である天照大神は下界をも自らの子孫に納めさせようと考えるが、下界である葦原中国(あしはらのなかつくに)がひどく騒がしく不安定なので、これを武神タケミカヅチに平定させた。

この平定を受けて、天照大神の子孫、天津彦彦火(あまつひこひこほの)瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)が下界を治めるべく降臨する際に八咫鏡(やたのかがみ)、草薙剣(くさなぎのつるぎ)、八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)の三つの宝=「三種の神器」を与えたというのが天孫降臨神話。

これを歴代天皇が皇位の標識として伝えてきたという実態から考えると、剣は「神を祀る呪具」であり、剣は「祀られる存在」でもあったことがわかる。

草薙剣といった古代の剣が、熱田や石上、鹿島といった古代神話に由来する神道の社で、神の象徴として祀られている。または安置されているという現実がそれであり、「祀る呪具」も、「祀られる剣」も、いずれも神との関係を確立するものである。

江戸時代を代表する武士道書である井沢蟠竜(いざわばんりょう)の『武士訓』に以下の記述がある。

≪霊剣は決断を表し給ふ。至剛無欲にかたどりて。内に私欲奸佞(かんねい)の心敵を滅し。外に邪悪暴逆の賊徒を誅し

この意は、剣を、自らの内にある私欲やよこしまな心、あるいはおもねる心などを心の敵として滅ぼし、一方、身の外にある邪悪暴虐の賊徒をも誅するものとしている。斬るべき敵は自らの内外に二つあり、まさしく「我も斬り彼も斬る剣」であると。

徳川将軍の剣術師範を務めた柳生家、新陰流は「活人剣思考」というものを提唱した。それは次のようなものである。

万人を苦しめている悪人がいるとする。この悪人一人を斬る兵法は、結果として万人を活かすことになるというものであり、世のため、人のために剣の技術を行使するという柳生流の考えで、それが柳生家の『兵法家伝書』である。

≪人をころす刀、却而(かえつて)人をいかすつるぎ也

人を殺す刀が人を活かす剣に繋がるという、柳生が主張するところの理念を端的に表現した文言である。これを「殺人刀(せつにんとう)」「活人剣(かつにんけん)」という表現で使い分けている。見事なものである。

このように刀剣の思想を検討してみると、この思想に一貫していえる大前提は、刀剣を単なる武器としてではなく、神聖なものとしてみているということである。

単なる「人斬り包丁」ではない、はるかに武器それ以上の神聖なるものとして刀剣をみているのである。

そして剣は、神話の中で、天上と地上、つまり、神々の世界と人間の世界を行き来し、この二つの世界を繋ぐものとして描かれる。

このイメージは日本人の精神世界において、古今、深く根付いており、だからこそ剣は神々と関係をもつものとして認識されている。

天と地の二つの世界が精神的にはっきりと区別される中、剣だけは神話上、この二つの世界を繋ぐことができた。このことが、剣の神聖性の根拠づけられる方として最大の特徴である。

だが、結城素明は、この刀剣の思想を知らずして「壁画」を描いたのではないかと推測する。又は知っているが無視したのかもしれない。

いずれにしても「壁画」の刀配置構図は刀剣の思想から言って無理があり「人斬り包丁」に止まっている。

このような刀剣思想を知らない現代人が、今日も聖徳絵画館で「江戸開城談判壁画」を眺めている。我々は「刀剣思想」からこの壁画を見ていきたいと思う。

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