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2023年11月 1日 (水)

2023年10月例会報告

2023年1018日は、日本武道学会会長の大保木輝雄先生から「武道の歴史から考察する鉄舟の剣道理念について」についてご講演をいただきました。

山岡鉄舟(小野鉄太郎)(1836-1888)は塚原卜伝の縁者である母親と小野派一刀流宗家と縁の深い父親に育てられ、自分は剣の家に生まれたという自覚が強かったようです。飛騨郡代として父親が巡見視として各地を巡回した折に鉄太郎も同道し「上泉秀吉」と名乗って旅をしたとの記録があります。上泉秀綱(1508-77?)にあやかっての変名のようです。鉄太郎は9歳で新陰流に入門し15歳で初伝が授けられ、当然上泉のことを知っていました。またこの年、父親が招聘した北辰一刀流の井上八郎(1816-1897)から「籠手、面、胴、突」といった打突部位を竹刀で撃ち合う「撃剣(現代剣道の起源)」を学びます。その後、江戸に戻った鉄太郎は撃剣に身を投じ様々な流儀に挑戦し、技量が認められ講武所の剣術世話役(1856年)となります。鉄舟が生きた19世紀は、幕末の動乱から近代化へと向かう時代でした。政情不安に伴う打毀しからの自衛のために撃剣は武士のみならず百姓・町人も実施し、各道場は人間交流の場ともなりました。そのような時代に生きた鉄舟は武士としての在り方を超えて日本人としての在り方を撃剣に求め「剣道」として提唱しました。

嘉納治五郎は「柔道」として日本人の在り方を提唱し、「自然体」という言葉を基調にすえ西洋的学問を介在させて説明しました。一方、鉄舟は武術から武芸へと転換させた17世紀に確立された一刀流の組太刀(型)に示された極意を撃剣体験を踏まえ自らが会得した身心技法を通じて読み取り、対面世界で展開される自己の心の変容過程を明らかにし祖師達の意志の把握に成功しました。相手に上手下手があるのではなくて、自分自身が上手下手をつくっているのだから「自己アレバ敵アリ、自己ナケレバ敵ナシ」という真理を会得することが大切だと述べています。

1543年の鉄砲の出現によって剣術の意義が大きく変わりました。先に見た上泉秀綱(信綱)は剣術の在り方を護身や戦闘での実用的技術に武将の軍配技術を重ね、武士たる者の矜持をしめす「帝王学」として剣術を位置づけたのです。それを画期として剣術は「人間学」としての展開をみます。お互いに剣を抜きあわせて対峙することは戦場での「生死の場」を再現することであり、其の「場」で生き抜く術(すべ)を組太刀(型)として示し、それを武士の芸事として位置づけました。「身をわする」ことで「私利私欲を離れ世の為人の為」に盡すという武士の本分を身に着けることが求められたのです。その体系化を図ったのが小野忠明(1569-1628)の一刀流と柳生宗矩(1571-1646)の新陰流でした。そして、それを支えたのが徳川家康(1542-1616)でした。戦国期の武士が築き上げた「すべてを御和算」にするという叡智は組太刀に反映されていましたが、戦闘体験者が世を去り世の中が平和な時代になるとその叡智を伝えることが難しくなりました。そこで登場したのが熊沢蕃山(1619-1691)、佚齋樗山(1659-1741)でした。剣術に「気」の思想を介在させ武芸論を展開し『天狗芸術論』などが出版されロングセラーとなりました。

生死の問題に気を介在させた思想は、その後、「内観の秘法」を公開した禅僧白隠(1685-1768)の『夜船閑話』とともに、19世紀の剣術家にも多大な影響を与えることになりました。白隠の「練丹の法」を採用する流派も現れ、「気」は身体性に密着した実感的なもの(身体内部感覚)として詳細に記述されるようになっていくのです。また、剣術では防具着用で安全を担保し、勝負を決める撃剣が発達し、流儀を超えた交流が出来るようにもなりました。

そのような状況の中で、樗山の『猫の妙術』の愛読者だった鐵舟は、剣道修行によって変わっていく自分自身の心の変容過程を「黒猫・虎猫・灰毛の猫、老猫」に対応させ、以下四つの段階で示しています。第一段階では、千日間の稽古で「体(たい)-中心鎮静ニシテ私邪ナキヲ謂フ」が備わり、第二段階では「彼我呼吸ノ間ニ機会ヲ知ル」ようになり、これを敵を知るという。第三段階に進むと、構えただけで敵の巧拙がわかるようになり、これを敵と我を知るという。最終段階になると、敵のなすことが自分の心に響かなくなる、これを敵を忘るという。ここに至って初めて「無心」が成就すると述べています。「余ノ剣法ヤ、只管其技ヲコレ重ンズルニアラザルナリ、其心理ノ極致ニ悟入セン事ヲ欲スルニアルノミ」と言及し「心外無刀」を唱え、戦国末期に登場した一刀流に伝わる祖師達の身心技法を撃剣の世界に再現させ、今日の剣道へと橋渡しをしたのです。

鉄舟の剣は奥深く、今後も大保木先生にご登場いただきたくよろしくお願い申し上げます。

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