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2023年4月

2023年4月25日 (火)

2023年5月例会案内

2023年5月例会は24(水・第四週)に東洋大学・岩下哲典教授から「城郭から見た『江戸無血開城』」についてご講演いただきます。 

     テーマ   「城郭から見た『江戸無血開城』」

     日程    2023524()

     時間    1830分~20時

     会費    1500

     会場    東京文化会館・中会議室1

 テーマの「城郭から見た『江戸無血開城』」は「私が歴史に親しむきっかけになったのは、小学生の時、姫路城の写真を見たことです。以来、城郭と歴史に関心があり、大学では城郭研究会でした。江戸城付近の大名屋敷の発掘にも携わりました。また『城下町と日本人の心』岩田書院、という仲間と書いた本もあります。鉄舟・泥舟らの成し遂げた『江戸無血開城』に関心を持ってから、城郭から見た『江戸無血開城』を考えてみたいと常々思っていました」

 このようなコメントを頂いております。ご期待願います。

2023年4月例会開催結果

 2023年419()例会は清水明氏から「『江戸無血開城の史料学』を読んで、歴史を楽しむコツをつかもう!」についてご発表いただきました。

 清水氏のご発表後、司会者が『江戸無血開城の史料学』(岩下哲典[編]吉川弘文館202211)に対する評価を尋ねたところ「諸先生が何ら干渉を受けず見解を述べあい、それを『史料学』という一冊にしたことに、この書の存在意義がある」と述べられました。

 これに同感いたしますとともに、まだお読みになっていない方は、是非、ご一読されますことを推奨いたします。

 情熱溢れる清水氏のご発表に深く感謝申し上げ、以下、清水氏の発表要旨を記して報告といたします。

  1. 「はしがき」――『江戸無血開城』とは何か、なぜその史料を問うのか」岩下哲典氏(東洋大学教授) 

『江戸開城』とは狭義から広義に考えると、以下の④分類にできるだろう。

  • 「慶喜帰着から、慶喜が江戸を退去するまでの政治過程」
  • 「鳥羽・伏見の戦いから、この「徳川家処分」《徳川家存続、70 万石決定》まで」
  • 「慶喜が朝敵となり、自ら謹慎し、交渉が行われ、徳川家の最終的な処分が決まって落ち着くところまで」《慶応 4 年 1 月 7 日徳川慶喜追討令~同年 7 月 23 日清水港上陸、宝台院入り》
  • 「明治二年(一八六九)三月、明治天皇が東京に移った。この新旧の主が入れ替わったこと」

「今現在読むことができる史料を、勝海舟の功労が第一であるという前提条件を一旦取り払い、なんの条件もなしに虚心坦懐に読むべきだろう」

 

  1. 「研究編」

2-1「海舟史料からみた『江戸無血開城』」和田勤氏(東洋大学人間科学総合研究所院生研究員) 

「江戸無血開城に際して重要な役割を成した人物が、幕末・明治期の政治家、勝海舟である」

「江戸無血開城は誰の手柄であったかという評価を行おうとすると、議論を隘路へ陥らせる怖れがある。《中略》《勝と山岡の両者について》いわば江戸無血開城における役割分担ともいえる」

 

2-2「山岡鉄舟・高橋泥舟史料からみた『江戸無血開城』岩下哲典氏

これまでの歴史研究者や郷土史家が描いてきた勝海舟を最大のキーパーソンとする『江戸無血開城』論を列挙し、それに対する近年の研究を紹介し、「《高橋泥舟は》慶喜の謹慎・助命・嘆願にも関与し、山岡を推薦した功績は大きく、山岡に次ぐものと考えられる」

「『江戸無血開城』における旧幕府側最大の功労者『一番槍』は、徳川慶喜本人が認定していることから、山岡鉄舟であると今後語られるべきである」

 

2-3「江戸無血開城前後の徳川勢力 -尾張・越前両藩の史料を中心に」藤田英昭氏(公益財団法人徳川黎明会・徳川林政史研究所研究員)

「江戸無血開城前後における徳川勢力の動向を、徳川一門である尾張藩・越前藩の史料を中心に検討」

「江戸無血開城にあたって、新政府を代表して城を受け取り、その後の管理を委任されたのは尾張藩」

「『江戸無血開城』は、徳川一族間でなしとげられたものという見方もできそうである」

「『江戸無血開城』の一因として無視できないのは、東海道先鋒総督の橋本実梁もそうだが、新政府内の皇族や公家が、徳川家との全面戦争を忌避していた点である」

「爆発を抑制すればするほど、反作用が生じ、江戸以外の各地で戦争を誘発させ、結果的に戦禍を広めることとなった」

 

2-4「恭順派と抗戦派の交錯江戸無血開城をめぐる旧幕臣」樋口雄彦氏(国立歴史民俗博物館・総合研究大学院大学教授)

「いわゆる恭順派と抗戦派が、それぞれの内部において一枚岩ではなく、多様な存在形態をとったこと。あるいはそれぞれの立場は固定的なものではなく、その時々で揺れ動く存在だった」

「圧倒的多数の旧幕臣たちは、大勢に流されるままに生きたといえる。良くいえば従順、悪くいえば主体性がないものが多かったのである」

 

 最後に、清水氏が今回のご発表で最も述べたかった趣旨を追記いたします。

A.歴史は、様々な史料のなかから何をピックアップし、どういった視点から考えるかで、同じ歴史の痕跡であっても全然違った像が立ち上がってくる、という、 その面白さを是非楽しんでいただきたいです!

B.人の書いた本を読むよりも、1つでもオリジナルの元史料にあたる、あるいは釈字されたものでもいいから原典にあたる、そうすると、必ず新しい発見があり、歴史がグッと面白くなる、一段とヤミツキになる、 その醍醐味を皆さまお楽しみください!

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