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2019年7月29日 (月)

2019年7月例会開催結果

山本紀久雄から「聖徳記念絵画館『江戸開城談判』壁画の怪その一」を発表いたしました。

1912年(明治45)730日明治天皇崩御。明治神宮内苑を国費により造営、神宮外苑は財団法人明治神宮奉賛会により、様々な献金によって造営され、聖徳記念絵画館も同様で、絵画館内には80枚の歴史壁画が掲示されている。そのひとつが『江戸開城談判』(結城素明画)で、教科書にも掲載されている有名な作品であるが、果たしてこれは「正史」なのか、それとも「作られた歴史」なのか。

または「ノンフィクシヨン」なのか。それとも「フィクション」なのか。様々な角度から分析・研究した結果の前半部分である「その一」を以下のように発表いたしました。

Photo_20190729090301

『江戸開城談判』壁画は、これは「二世五姓田芳柳」が描いた『下絵』(所蔵「茨城県近代美術館」) と、同じく「二世五姓田芳柳」が描いた『画題考証図』(『明治神宮叢書第20巻図録編』発行者 明治神宮社務所)によって描かれている。

その『下絵』は、「江戸開城(玄関前)」、「江戸開城」、それと「画題無記名」の3枚があり、その中から「画題無記名」が明治神宮奉賛会理事の水上浩躬によって以下の理由によって選定されている。

≪正面より描写するときは余り表面的に流れ、側面より描写する方却て其真相を現はすに妙なるものあり、斯る書題は御身辺の遠近に拘はらず側面描写に據(よ)れり、江戸開城に関し江戸明渡の場を排して、薩摩邸談判の場を擇(えら)みしが如きは、其例の顕著なるものなり≫(水上浩躬論文「壁書題選定の経過及其成果(2)」『歴史地理』大正11年2月1日発行)

この水上浩躬による選定について、疑問があり、さらに壁画に『江戸開城談』とタイトル化されたことについても、勝海舟の「慶応四戊辰日記」(講談社 編者代表 江藤淳 昭和51年)3月14日に「同所に出頭、西郷に面会す。諸有司之嘆願書を渡す」記されているように、徳川側は「嘆願」を行ったのに、壁画は「談判」とタイトル化されていることについて問題提起した。

今回の発表は前半の「その一」であり、後半の「その二」を12月に発表することで全体像を解明したいと思っています。ご期待ください。

 

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