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2019年1月25日 (金)

2019年1月16日例会開催結果

1.2019年1月例会は『月刊武道2018年10月号』(公益財団法人日本武道館)の表紙絵「山岡鉄舟・駿府談判」を描いたアトリエ麻美乃絵・中村麻美先生から「月刊『武道』表紙絵より~維新の英傑たち「駿府談判」ほか」について以下の解説とともにご講演をいただきました。
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「1868年3月9日、幕臣・山岡鉄舟は、駿府に陣を構える官軍参謀・西郷隆盛に会談を申し込みました。江戸決戦は目前、駿府への道中は命がけの旅でした。
西郷は江戸総攻撃を中止する条件の一つとして「徳川慶喜を備前に預ける事」と提示しました。しかし鉄舟はこれに応じず抗弁します。「朝命なり」と凄む西郷に対し、鉄舟は毅然と問いただしました。「立場が逆ならば、あなたは主人である島津の殿様を差し出しますか」。激論の末、しばらく考えた西郷は「先生の言うことはもっともだ。慶喜殿のことはこの吉之助が必ず取り計らう」と約束します。江戸無血開城は、鉄舟のこの命がけの尽力により成ったのでした。
のちに西郷は、江戸の民を守り、主君への忠義も貫いた鉄舟を評します。「命もいらず、名もいらず、官位も金もいらぬ人は、仕末に困るものなり。この仕末に困る人ならでは、艱難を共にして国家の大業は成し得られぬなり」
剣・禅・書の三道を極めた鉄舟は、1880年に無刀流の開祖となります。「敵と相対する時、刀に依らずして心を以って心を打つ」と修養を重んずる鉄舟の理念は、今日あらゆる武道に受け継がれ、今に活かされています」
的確な鉄舟の捉え方をされています。

また、表紙絵には鉄舟しか描かれていません。それは鉄舟ひとりで薩摩軍に対したという意義を、島津の陣幕を大きく描くことで強調し、鉄舟武士道精神を見事に表現されているのです。

鉄舟以外の表紙絵、「井伊直弼 雪の日の覚悟」、「白虎隊」、「榎本武揚 蝦夷地にかけた思い」、「江川太郎左衛門と韮山反射炉」、「福井藩士 由利公正 馬脅し」、「鍋島直茂と接ぎ木」、「鉢の木」、「山中鹿之助 我に七難八苦を与え給え」、「明智光春 誉れの湖水渡り」、「城戸俊三 名誉を捨てて愛馬を救う」などについても武士道に基づき解説をしていただきました。

『月刊武道』表紙絵は『伝えたい日本のこころ』(日本武道館発行)として出版されていますので、皆さんに推薦いたします。
ご多忙の中、ご講演賜った中村麻美先生に深く感謝申し上げます。

2.山本紀久雄からは、
① 2019年3月16日(土)に予定している「静岡地区研修旅行計画」をご案内しました。まだご参加登録されていない方はお申込みをお願いいたします。

② 次に「墨田区の鉄舟旧居跡の説明板撤去経緯」を説明いたしました。墨田区教育委員会が平成20年(2008)2月に墨田区亀沢4−11−15竪川中学校校門際に、「ここで鉄舟が天保7年(1836)御蔵奉行だった旗本小野朝右衛門高福の五男として生まれた」との説明板を設置いたしました。

しかし、これは明らかに誤っておりますので、2017年3月13日墨田区教育委員会に出向き、史料に基づき説明し、撤去を求めていたものが、2018年12月19日墨田区教育委員会事務局から「山岡鉄舟の説明板は、本日、板面交換を行い、別内容の説明板となりました」と連絡受けた事を報告いたしました。

山岡鉄舟が誕生した屋敷は、松島茂氏による研究によって、御蔵橋を渡って御蔵の入堀に沿って右に入る道の曲がり角、松平伯耆守屋敷と隣接する御蔵奉行御役屋敷(現:墨田区横網1—12の一部:旧安田庭園東南角地を含むL字路付辺)が小野朝右衛門の役宅であったと推定されています。

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③ 続いて「神にならなかった鉄舟・・・その一」を発表いたしました。
鉄舟の弟子松岡萬(よろず)は「神」として、磐田市の松岡神社(写真)と、藤枝市の「松岡神社」に祀られています。

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特定の人を神に祀り上げる習俗には二つの類型があり、一つは「祟り神」タイプ、もう一つは「顕彰神」タイプで、前者のタイプの典型が菅原道真を祀った北野天満宮、後者のタイプは徳川家康を祀った「東照宮」である。(参照『神になった人々』(小松和彦著 知恵の森文庫)

「祟り神」タイプは中世以前の人を神に祀った神社に多く、「顕彰神」タイプは「人神神社」で近世以降につくられており、為政者が創建したものばかりでなく、「松岡神社」のように民衆の側から積極的に建立されています。

弟子の松岡が神として祀られているのに、鉄舟は江戸無血開城という偉大な業績を遺したが、どこにも「鉄舟神社」は存在しない。
その疑問持ちつつ、神の検討を今後も研究し報告してまいります。

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