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2018年10月24日 (水)

2018年10月例会開催結果

Ⅰ.2018年10月14日(日)に「飛騨高山まちの博物館・金森公顕彰会」と共催で「幕末の動乱を生きた山岡鉄舟講演会」を「特別例会」として「飛騨高山まちの博物館」で開催し、以下の方が発表いたしました。

① 最初は潮見佳世乃氏による「山岡鉄舟貧乏噺し」です。
シンガーソングライターの潮見氏が、父上である故・高岡良樹氏が遺された「山岡鉄舟貧乏噺し」を迫力溢れた潮見節で語り歌い上げました。特に西郷と鉄舟の駿府談判、堂々たる武士道精神による鉄舟が西郷に迫る場面、ここを「歌物語」で力強く表現、新鮮な切り口とあざやかな言い回し、会場から拍手喝采でした。

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② 次に山本紀久雄が「明治天皇と鉄舟」について講演いたしました。
鉄舟が大悟によって悟りえた境地、そこへは誰もが辿りつけないが、鉄舟の教えを現代に活かす道を探す過程で、2008年北京オリンピック北島康介選手の金メダル背景と、中村天風先生の修練会での体験から「目標をもつ大事さ」をお伝えしました。また、明治天皇は侍従として身近で見つめていた鉄舟の修行過程から、目標とする自らの判断基準を「大日本帝国憲法」にされた結果「明治22年以降の絶妙なる政治関与」となって、見事な治世をなされた足跡過程についてお話しいたしました。

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③ 東洋大学・岩下哲典教授からは主題として『「江戸無血開城」と山岡鉄舟、鉄舟義兄高橋泥舟と飛騨高山」』、副題は『泥舟が推薦した鉄舟が「一番槍」、鉄舟と両親の高山法要を行ったのは泥舟』について講演いただきました。
「一番槍書簡」、鉄舟直筆「履歴」、鉄舟妻英子(泥舟妹)の「遺言」、さらに泥舟が高山に来た経緯、滞在時の行動など史料をパワーポイントによって明解に解説していただきました。
まとめとして『日本の近代を用意したのが「江戸無血開城」、日本の近代は高山で育まれた鉄舟によって西郷が決断したことで成し遂げられ、近代日本の源流の一つは飛騨高山に在り』と述べられました。

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●今回は「幕末の動乱を生きた山岡鉄舟講演会」を開催された「飛騨高山まちの博物館」の方々に大変お世話様になり、特に田中彰氏には司会進行等でご協力賜ったこと、厚くお礼申し上げます。

Ⅱ.高山例会後、新潟方面に移動し、翌15日(月)は小林二郎に関する史跡視察を喜多村園子氏の解説で開催いたしました。
① 高山からはバスにて金沢、金沢から糸魚川へ新幹線、糸魚川泊。
② 糸魚川からJRで柏崎、ここで北方文化博物館のマイクロバスで良寛堂、良寛記念館、大黒屋菓子本舗、寺泊にて昼食、最後は北方文化博物館視察というコース。天気にも恵まれ見どころ多く楽しい旅でした。
③ 特に良寛記念館では、喜多村園子氏の著書『小林二郎伝』が展示されており、一段と光彩を放っておりました。

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④ 北方文化博物館では、佐藤副館長から普段は公開されていない館内施設を名調子の解説でご案内いただき、一同、感激して新潟駅にて解散いたしました。
今回の「小林二郎史跡巡り」を企画ご案内賜った喜多村園子氏に深く感謝申し上げ、マイクロバスを安全運転していただいた佐藤副館長にお礼申し上げます。

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