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2018年6月25日 (月)

2018年6月例会開催結果

2018年6月20日(水)例会は、日野市の佐彦会会長・松崎勇二氏から「多摩と周辺地域での新選組」についてご発表いただきました。

松崎氏は、都内で唯一残る江戸時代に建てられた『日野宿本陣』で、年間1.5万人以上、外国人も多い観光客にガイドもされています。

例会資料は17頁に及び、新選組に関わる豊富な知見に加えて、現場調査による古地図や写真等を使われ、主に以下の4項目について展開されました。
①幕末の京都でその名を広めた新選組の剣術、天然理心流
②日野剣士が薩摩浪士と乱闘となった壺伊勢屋事件
③甲陽鎮撫隊として戊辰戦争で最初の東の戦い、勝沼戦争
④土方歳三の菩提寺である高幡不動や多摩周辺地域に遺された史跡

この4項目に加えて松崎氏が特に強調されたのは「戊辰の役で幕府は敗れ瓦解、近藤勇も処刑され新選組の剣術・天然理心流も隠されたこと、新選組に入らなかった日野剣士の戦いぶり、戦国以来の戦略上の要地である勝沼の柏尾地区での戦い状況、最後に高幡不動に設置された近藤・土方を讃える碑の背景」についてです。。

今回、松崎氏のご発表をお聞きしているうちに、『明治精神史』(色川大吉著)の記述を思い出しました。

「四面山に囲まれた五日市は、民権運動の一拠点として、十代、二十代の指導者によって町政から学校までが一時、統制された。二十歳そこそこの内山安兵衛と深沢権八がその中心であった。
内山家の土蔵をひらいたときに再び確認された。数十枚の和紙を綴じあわせて、毛筆でたんねんに書き込んであるかれらの手製のテキスト、これらはかれらによって作られ、手から手へ回覧され、討論され、研究されたものであろう。そうした政治的な学習の集会や結社が、この時期には、ふつう一郡に十数社、多いところでは数十社もつくられていたのである。
近藤・土方をうんだ南・北多摩郡には、このような篤学の民権家が続けて多数現れている」
多摩地区は、昔から時流感覚に鋭く反応する民衆が多く、その結果として

松崎氏の解説に登場する歴史上の人物が多く輩出したと推察いたします。

松崎氏の丁寧かつ詳細な資料にもとづく解説に深く感謝申し上げます。

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