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2017年11月26日 (日)

2017年11月例会開催結果

 11月は山本紀久雄が「鉄舟から学んだ円朝・・・その一」について発表

いたしました。

 鉄舟と円朝は同質性を持つ。鉄舟は明治天皇の侍従、宮内省御用掛、政財界へ影響力あり、子どもたちの手まり歌でも示され、一般民衆からも人気が高かった。下駄はビッコで  着物はボロで  心錦の山岡鉄舟

 円朝も、明治天皇御前での口演、井上馨、山縣有朋、三島通庸、渋澤榮一、益田孝らとの交際があり、修身教科書に塩原多助が掲載され、寄席で創作噺を語り一般民衆から人気が高かった。

 この円朝人気の背景には、当時の社会状況が存在する。政府が進めた諸改革によって、一般民衆は多大な影響を受け、生活は大きく変化した。

 影響が大きかったものは明治5(1872)の太陽暦採用である。ある日、何の予告も、説明資料もなく、太政官布告という突然のお達しでなされた。結果は、暦所有世帯の大幅減少であり、暦を使用しない人々は、今日という日が何日であるかわからなくなってしまった。だが、政府官庁は新暦で諸政策を進めていく。多数の国民は旧暦状態で生活する。結果はどうなるか。明らかに生活にズレが生じ、そのズレは微妙なる心の変化に深化していって、何となく意味不明の不安感が漂う、何事もスムースには運ばれない国家運営であっただろうと推測する。

 次の大影響は明治6(1873)地租改正条例公布である。それまでは現物納付であったものを、定められた一定の算式で決められた地価に対する地租として決められた。個々人それぞれが作物を販売して納付することになり、日々相場が変動するリスクという市場経済の影響を個人が受けることになった。特に明治10年からの大隈インフレによって、物価は明治14(1881)までの、たったの4年間で2倍となった。次に襲ってきたのは松方デフレである。次の明治19年までの4年間で、物価は二分の一になった。つまり、前後8年間で物価は正反対の動きを示したわけで、人々の生活に全く安定感はなかった。

 インフレとデフレに翻弄された農民たちは、土地を失い都市に集積するが、まともな仕事に就く教育も受けていないわけであるから、下等社会という層を構成していった。(参照 横山源之助『日本の下層社会』明治32年。『国民新聞』掲載の松原岩五郎『最暗黒の東京』明治25)

 この下等社会層の人々を政府は寄席を利用して教導しようと図り、上等噺家としての円朝は積極的に対応していくのであるが、そこには当然ながら鉄舟から学んだ行動学があった。

 この解明にはさらに研究が必要で、来年の春頃目標に結論を発表したい。

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