2021年10月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31            

最近のトラックバック

無料ブログはココログ

« 2017年3月 | トップページ | 2017年5月 »

2017年4月

2017年4月25日 (火)

2017年5月例会

●2017年5月例会は水野靖夫氏からご発表いただきます。
   

 開催日   2017年5月17日(水)
 時間    18時30分~20時
  会場    東京文化会館・中会議室1
  会費    1500円
 発表者   水野靖夫氏
 テーマ   「英国公文書などで読み解く江戸無血開城の新事実」
     ~パークスの圧力はなかった。勝海舟、山岡鉄舟の史実再検証~
    

「無血開城」には史実に基づかない通説がまかり通って一つの虚構 を作り上げている。単に真実を追究するだけではなく、なぜそのような虚構が作り上げられてしまったのか、その原因にまで踏み込んで、それの通説がいかに虚構であるかを、水野氏が史実を以て解明された「製本新冊子」をご提供頂き展開されます。

●2017年6月例会は山本紀久雄が「明治天皇と鉄舟」を発表いたします。

明治天皇が鉄舟から大きな影響を受けたことは間違いない事実ですが、では、それはどのようなもので、どうやって明治天皇へお伝えしたのか。
明治天皇の45年間にわたる治世によって、世界に冠たる日本国家をつくりあげられた明治天皇の基盤・骨格を語ることを通じ、鉄舟の働きに触れます。
    

 開催日   2017年6月21日(水)
 時間    18時30分~20時
 会場    東京文化会館・中会議室1

2017年4月例会開催結果

2017年春の史跡巡りは、2012年10月に文京の地:播磨坂の山岡鉄舟・高橋泥舟旧居跡(鷹匠町)から鉄舟所縁の地を訪ねましたが、今回は同じく文京区の反対側:小日向台地の谷間にある幕末ゆかりの地と、凸版印刷㈱「印刷博物館」見学をいたしました。

行程は「茗荷谷駅」を出発し⇒【旧茗荷谷町】(茗荷坂)⇒林泉寺(しばられ地蔵)⇒深光寺(滝沢馬琴の墓と一族の墓) ⇒(蛙坂)⇒切支丹屋敷跡の碑⇒(切支丹坂)⇒(荒木坂) ⇒【旧第六天町】(巻石通り)⇒徳川慶喜終焉の地(国際仏教学大学院大学)⇒印刷博物館と歩きました。

皆さんが特に印象に残ったと挙げられたのは、切支丹屋敷跡の碑で、これについては懇親会で永冨明郎氏から解説を伺いましたが、切支丹屋敷が江戸に存在した事実を知りました。
また、現在は国際仏教学大学院大学となっている広い敷地が、徳川慶喜公終焉の地であったことも初めて知りました。
最後は凸版印刷㈱の印刷博物館に入り、博学な川井昌太郎学芸員からリズム感溢れる爽やかな説明を受けることで、世界の印刷文化に貢献されているブランド企業の凸版印刷㈱について理解を深めました。
Img_0190
 
   出発・茗荷谷駅 

Img_0193

    しばられ地蔵

Img_0203
  
   切支丹屋敷跡  

Img_0210

  徳川慶喜公終焉の地

Img_0217  
    凸版㈱印刷博物館          

Spmainimg1

印刷文化の歴史を一望する大壁画          
 
いつもながら緻密で詳細な資料に基づきガイド頂いた幹事の矢澤昌敏氏と、印刷博物館をご紹介頂いた北村豊洋氏に感謝申し上げます。

2017年4月 2日 (日)

富岡製糸場への夢の道が実現・・・山岡鉄舟研究会員・高橋育郎氏

Img_20170401_0001

富岡製糸場への夢の道始まりは、2015年(平27)5月。習志野市谷津「生涯青春の会」でのこと。
 絹の研究家・松本信孝氏から絹の話を伺い、目から鱗の落ちる思いがした。
 彼はそのとき、絹製品を売り込むために音楽とコラボしたいといわれた。共感を得た私は早速、作詞した。するとすかさず筑波の「農業生物資源研究所」から、光る蚕が成功したので、最先端技術の先取りの意味で、歌詞に「光る」を入れてほしいとアドバイスがあった。
 そこで出来たのが、童謡「光るお蚕さん」とシャンソン「虹のハンカチーフ」である。
 作曲は、童謡が習志野市在住、童謡協会の高橋知子さん。シャンソンはシャンソン・カンツォーネ協会の中山エミさんが当り、歌っていただいた。そこで、童謡はお琴の伴奏がいいということで、JR技術畑のトップクラスの高松さんにお願いして、日高さとみさんにおせわになった。それぞれCD録音したころ、昨年5月に六本木ヒルズのメイ・ウシヤマ学園で第1回サミットがひかれ、この2曲を聞いてもらったのが今日に繋がった。
 富岡製糸場への招聘通知は、初めに京丹後市商工振興課長から。続いて主催の経済産業省関東経済産業局からであった。
 3月17日当日、松本氏と一緒に出掛けた。上野から久々の新幹線で高崎まで、そこで上信電鉄乗り換えて上州富岡駅で下車し、徒歩11分の製糸場へ入った。正門の目の前は赤煉瓦の東置繭所であり、奥には西置繭所があり、この二つの建物は昨年国宝になった。その東置繭所で14時半から「絹のみち未来サミット~絹のみちから絹の国へ~」シンポジウムが始まった。
Img_20170401_0002 
 先ずは挨拶からで、主催者の関東経済産業局長。開催地富岡市長。そして関係自治体(出席71名)と続き、「絹のみち」プロジェクトの概要説明。そして成果のプレゼンテーションに入った。
 第1部が信州シルクロード岡谷蚕糸博物館館長。上武絹の道、日本シルクロード、広域スタンプラリーの説明。
 第2部は、各地のモノづくりの取り組みとして、新潟県五泉市の絹織物と各地の染色加工との連携による新たなものづくり。先進企業7社連携による新たなアパレルブランドの創設。産地間連携による伝統的絹織物「銘仙」の新たな展開。産官連携・結城市中心によるおみやげ物開発。                        
 さらには、各地に広がる未来に向けた絹のみちの取り組みを、京丹後市市長はじめ地元富岡市長や前橋市長らが、こぞって手を結び日本の絹文化復興に意気盛んなところをアピールしました。
Img_20170402_0005_2

 そして、17時15分からは会場を近くのホテルに移して交流会となった。ステージには
スクリーンが張られ、「光るお蚕さん」と「虹のハンカチーフ」が紹介されて、CDによって歌が流された。私は松本氏と二人、ステージに立ち、絹製品のことや歌にまつわる話などコメントし、動画になった。歌詞は200部配られた。
Img_20170401_0003

養蚕業を国の基幹産業に押し上げ、絹の伝統文化を世界に発信しようとの意気込みが十分に見て取れた。

« 2017年3月 | トップページ | 2017年5月 »