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2017年3月24日 (金)

2017年3月例会開催結果

 3月は喜多村園子氏から「山岡鉄舟・高橋泥舟の門人小林二郎伝」について、

ご発表いただきました。  

 祖父の遺品である「石材三顆」から始まる刻字を解読したところ、そこに南洲西

郷・銕舟山岡の名が刻まれ、刻者は「北越遂翁小林篤」(小林二郎)とあったが、一

体、この小林二郎とはいかなる人物なのか。

研究を続けた結果分かったことは以下であった。

1. 天保12(1840)新潟県南蒲原郡福島村(現三条市)の片桐家次男に生れる

2. 海舟の計らいで士族小林家に入り、長じて精鋭隊に入る

3. 長兄・片桐省介の親友、村山半牧の自死により遺稿『僧良寛歌集』を知り

4. 村山半牧相続人・村山恒二郎と共に『僧良寛歌集』を出版

5. 以後、小林二郎は多くの『良寛本』を32年間にわたり出版続け

6. 大正11981歳時、新潟県出雲町に『良寛堂』が建立された際に『良寛愛用のまくら地蔵』を寄付

7. 大正15(1926)須磨(兵庫県神戸市須磨区)で客死、86

Page26

      良寛堂

     Page27

            良寛像    

喜多村氏の長期間にわたる熱心な研究によって、小林二郎は青年時代を鉄舟・泥舟の門人として生き、長じて熱烈な良寛敬慕者となり、良寛本を数多く出版した人物であることが判明した。

では今後、喜多村氏はここまで解明した小林二郎を「今の世にどう旅立てさせるの

であろうか」。それへの期待から、多くの見解が活発になされた例会でした。

 

喜多村氏の重厚なご発表に感謝いたします。


    

  

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