2017年3月例会開催結果
3月は喜多村園子氏から「山岡鉄舟・高橋泥舟の門人小林二郎伝」について、
ご発表いただきました。
祖父の遺品である「石材三顆」から始まる刻字を解読したところ、そこに南洲西
郷・銕舟山岡の名が刻まれ、刻者は「北越遂翁小林篤」(小林二郎)とあったが、一
体、この小林二郎とはいかなる人物なのか。
研究を続けた結果分かったことは以下であった。
1. 天保12年(1840)新潟県南蒲原郡福島村(現三条市)の片桐家次男に生れる
2. 海舟の計らいで士族小林家に入り、長じて精鋭隊に入る
3. 長兄・片桐省介の親友、村山半牧の自死により遺稿『僧良寛歌集』を知り
4. 村山半牧相続人・村山恒二郎と共に『僧良寛歌集』を出版
5. 以後、小林二郎は多くの『良寛本』を32年間にわたり出版続け
6. 大正11年9月81歳時、新潟県出雲町に『良寛堂』が建立された際に『良寛愛用のまくら地蔵』を寄付
7. 大正15年(1926)須磨(兵庫県神戸市須磨区)で客死、86歳
良寛堂
良寛像
喜多村氏の長期間にわたる熱心な研究によって、小林二郎は青年時代を鉄舟・泥舟の門人として生き、長じて熱烈な良寛敬慕者となり、良寛本を数多く出版した人物であることが判明した。
では今後、喜多村氏はここまで解明した小林二郎を「今の世にどう旅立てさせるの
であろうか」。それへの期待から、多くの見解が活発になされた例会でした。
喜多村氏の重厚なご発表に感謝いたします。
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