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2016年6月25日 (土)

2016年6月例会開催結果 

Ⅰ.20166月例会開催結果 

  高山市の田中彰氏から『写真で見る金森史 壱』について解説いただきました。

 高山は鉄舟が多感な10歳から17歳まで過ごしたところで、現在、高山陣屋前広場に「少年鉄舟像」があります。

 高山市には年間400万人もの観光客が訪れますが、その背景には、高山を治めた金森氏6代107年のまちづくりがあると、田中氏は冒頭述べられました。

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Photo_5

確かに初代金森長近(銅像写真)が築城した城下町で、区割りを武家地、町人地、寺院群としましたが、その最大の特徴は町人地が武家地の1.2倍にも及ぶことです。全国の町人地の平均が武家地7割、町人地3割から分かるように、長近は商人の経済力を重視したわけです。加えて、長近は高山筆頭商人である旧知の矢嶋氏を、出身地の滋賀県守山市矢島町から招き、町代(後の年寄)として街づくりを任せ、その成果が、現在の「重要伝統的建造群保存地区」(写真)につながっており、世界中から観光客を呼び寄せている要因になっているのです。

 今回の『写真で見る金森史 壱』は、金森長近が織田信長に仕えた時代の歴史跡地、それは、土岐氏(岐阜市)、大畑(多治見市)、金森町(守山市)、矢島町(守山市)、桶狭間の戦い跡(名古屋市)、姉川合戦場(長浜市)、長篠合戦場(愛知県新城市・長篠市)、越前大野戌山場・大野城(大野市)、安土城(近江八幡市)、本(京都市・能がとなっているのは度重なって焼き討ちに遭い「『ヒ』(火)が『去』る」という意味で字形を変えた)、賤ケ岳の戦い(長浜市)等を、田中氏が直接現地に赴き、取材・撮影し解説され、そこに的確な写真描写が加わり現場臨場感を高めています。

 最後に田中氏が強調されたのは、「歴史は消え去っていく。だから、歴史事実を後世に遺さなければいけない。そのために今回の『写真で見る金森史 壱』や、記念碑、銅像などが必要なのだ」と。この見解に賛同するとともに、我々は田中氏の研究姿勢から多く学びたいと考えます。また、次回企画として秀吉に仕えた金森氏について発行を検討されておられますが、刊行後、再度ご発表をお願いしたいと思います。

ご多忙の中、高山からお出でいただいた田中氏に深く感謝申し上げます。

なお、『写真で見る金森史 壱』をご希望の方は、田中氏から数部お預かりしておりますので、ご連絡下さい。

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