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2016年5月24日 (火)

2016年5月例会開催結果

2016年5月例会開催結果 

清水 明氏

「白井音次郎を追え! -山岡鐵舟駿府行きの謎の鍵を握る男  その調査途中報告-」

 例会ご発表初登場の清水氏は、白井音次郎に関わる史料を分析・再検され、その動向究明から山岡鉄舟の駿府行についての推論を、第1回報告として以下のように熱演しました。
①白井音次郎の出自・・・武州足立郡深作村(現さいたま市見沼区深作)の名主にして、紀州徳川家の鳥見の家に生まれた。

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(東京大学史料編纂所蔵「幕府徒目付中林八太夫家記録十五)

②白井音次郎と山岡鉄舟の出会い。その仲介者として推測する二人の人物の可能性について。

推理A:根岸友山・・・浪士組一番隊小頭。武州大里郡甲山村名主にして鷹場野廻役の根岸友山(11代目根岸伴七(ばんしち))は甲源一刀流免許だが、玄武館にも学び、千葉周作と交流があった。山岡鉄舟とも元々知己であった可能性は高かろう。

推理B:窪田治部右衛門・・・浪士組や新徴組の関係資料に必ず漏れている大物がいる。それは最後の西国郡代となった窪田治部右衛門(諱:鎮勝(しげかつ))。鉄舟ファンには清河暗殺の具申者として知られる人物。浪士組取締役だが、上洛しなかった。

③白井音次郎等の履歴や動向から推測される 山岡鉄舟駿府行プロジェクトの探求として、●プロジェクトの全体像、●音次郎の役割、●プロジェクトの指揮命令系統、以上の三項目を追及し、以下の推理を続けられた。

推理C:白井が浪士組参加後神奈川奉所支配定番となっていることから、浪士組時代は
          窪田の部下だったのではないか。

推理D:白井音次郎が別手組として京都に行って慶喜と接点を持った、とは考えない。

推理E:維新後の慶喜の信頼は非常に大きかった・・・慶喜の側近として立場を確立。ここで山本紀久雄が2009年8月9日に、音次郎の子孫である井出日南子さんと、と会った際に「慶喜の実の娘・シゲを養女にした」という発言を引用。

推理F:白井は武術が苦手だったと考え、だからこそ水戸藩士の士籍を購入したと推理。

推理G:益満休之助を請け出したのは、鉄舟ないし泥舟ではないか。

推理H:3月5日深夜、鉄舟を中心とした駿府行プロジェクト作戦会議あったと考える。

推理I:鉄舟の駿府行きは、大久保一翁も知った上でプロジェクトではないか。

 以上の各項目に見られるように、新鮮で鋭い切り口によって、今までに語られていない
項目について新たなる考察を試みられました。

 特に、推理Gにおける「益満休之助を 誰が駿府行に巻き込んだのか」については、歴
史書の多くが、12月25日の薩摩藩邸焼討の際、益満休之助が庄内藩士に捕縛され、伝馬
町の牢から勝海舟に引き取られたとしているが、これは誤りと指摘された。
 事実は、上記手紙と解読文に記されているように、「会津藩下屋敷の板塀を乗り越えて
侵入して会津藩士に捕まり、慶應4年正月上旬に美作勝山藩江戸藩邸預かりになり、これ
を持て余した留守居役・鳩山十右衛門(政治家の鳩山兄弟の先祖)は、2月26日徳川家に対し嘆願書を提出。
そして、鉄舟が慶喜と会った2月末日深夜(3月1日早朝に上野寛永寺を出た)直後の2
日、益満は勝邸に引き渡されると論究された。

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(参照資料『跡見学園女子大学文学部紀要』掲載「『復古記』不採録の諸記録から探る江戸情勢(二)(三))。

以上の史料が示すことは、「海舟日記」(慶応4年3月2日)に記された内容と異なるものであり、「海舟日記」記述そのものに疑義を呈する史実であり、大変興味深く、清水氏によってさらに補強究明され、まとめられることをお願いいたしました。

いずれにしても、今回が白井音次郎の動向究明第1回目報告ということでありますから、
近い将来に第二回目の探求考察結果をご発表いただきたく、大いなるご期待をもってお待ちしたいと思っております。

清水氏の深い洞察力に感銘し、ご力演のご発表に感謝申し上げます。

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