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2015年3月25日 (水)

2015年3月開催結果

次のお二人からご発表いただきました。

1.永冨明郎氏

永富氏がyab山口朝日放送にてロケし、1月に放映された「都内の松陰ゆかりの地」を映像と併せて解説いただきました。

最初は、世田谷区若林の「松陰神社」の紹介。明治15年創建で、松陰の遺体はここに埋葬されている。萩の松陰神社とは直接の関係はなく、萩は明治23年創建であるから世田谷の8年後に創建。元毛利家所有三千坪の広さの中に松下村塾も再現されている。

次は、日本橋小伝馬町の伝馬町牢屋敷、ここに松陰は嘉永7年入獄、その後、いったん萩に戻されたが、安政の大獄に連座し、江戸に檻送され、評定所で取り調べの結果、安政6年10月27日斬首刑に処された。享年30歳。その間に伝馬町牢屋敷で「留魂録」を書く。
この経緯を永冨氏は画面にてよどみなく、落ち着いて、分かりやすく解説された。さすがに「幕末維新博士」と称される永冨氏と納得。

最後に、永冨氏は松陰が「日本が日本であるために、日本人が日本人であるために」というメッセージを遺し、この混迷の時代だからこそ再び松陰がよみがえる必要があるのではないかと強調された。これは「鉄舟が今の時代にいれば・・・」と考えている者と同様であると感じました。

ところで、永冨氏の著書「遥かなり三宅島−吉田松陰『留魂録』外伝」が、山口市立図書館で行われた幕末小説人気番付、全国35都道府県から804票が投票され、司馬遼太郎はじめとする錚々たる有名作家に比して堂々の第9位に入られました。さすがと思います。
Photo

    
2.山本紀久雄

天田愚庵研究を通じて分かった「磐城平城と奥羽越列藩同盟の不可思議さ」について発表いたしました。

① 磐城平城
磐城平城は廃藩置県時に「民間に払い下げ」され、今では一般民家が建ち並んでいる。理由として考えられる藩の債務は完済済みで、財政の問題ではない。

平市教育委員会編「平市史」や「城と館 福島民報 2007年」の記述から推測すると、城の破壊は明治新政府への気遣い、または命令によって行われたものではないかと推測したが、しかし、他県の城跡が歴史館や美術館・公園として存在していることを考えると、磐城平藩の惨状は、明治政府への気遣いや命令とも異なる、別の何かがあったのではとも考えられる。

そこで福島県歴史資料館に尋ねると、会津や白河の資料は残されているが、磐前県(平県)の資料は、理由は不明だが残されていないので、城取り壊しの経緯は分からないという。

このような経緯で、磐城平城の「民間に払い下げ」理由については不明確で終わったが、妙なことに気づく。それは磐城平藩に対する新政府の厚遇である。

新政府は戊辰戦争後、奥羽越列藩同盟諸藩の責任を問い、処分を行った。仙台藩62⇒28万石。会津藩23⇒陸奥斗南藩3万石。南部藩20⇒白石13万石。米沢藩18⇒14万石。庄内藩17⇒12万石。泉藩2⇒1.8万石。湯長谷藩1.5⇒1.4万石と厳封し、加えて家老と責任者の処分。

しかし、平藩の所領は3万石で減封なしで、家老も責任者も処分なし。

さらに、明治元年12月、突如として平藩は陸中国東磐井郡3.4万石(岩手県一関あたり)へ転封を命ぜられが、藩主信勇による転封取り消し嘆願が受理され、平に留まれることになった。これも破格な取り扱い。

これら一連の取り扱い結果から推測すると、その厚遇見返りとして自主的に城を取り壊すという判断をしたのではないか。または、安藤信正は外国御用取扱時に、各国からその外交手腕を高く評価されていたので、その筋から救われたのか。いずれにしても他藩に比べ破格の厚遇である。

② 何故に奥羽越列藩は同盟軍を結成し戦ったのか

これらの検討を行っている過程で疑問を持った。東海道筋は鉄舟の駿府駆けによって江戸無血開城、天下の大勢は決した。

だが、奥羽越列藩は同盟軍を結成し戦った。何故か。特に不可解なのは会津藩。新政府軍にとっての敵は仙台でも米沢でもない会津である。会津を叩けばこの戦争は終結する。それだけ京都守護職としての会津の強さは際立っていた。会津を潰すのが新政府軍参謀大村益次郎の戦略。それを会津藩主・松平容保にもわかっていたはず。

ならば容保はどのような和平工作を行ったのか。鉄舟に匹敵する人材がいなかったのか。奥羽越列藩にも人材はいたはず。続きは5月に検討展開します。

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