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2014年6月25日 (水)

2014年6月開催結果

2014年6月18日(水)の例会は東京文化会館が改修のため閉館で、東京・御茶の水・ホテルジュラクへ会場を変更し開催しました。ご発表は以下の四氏です。 

1.高橋育郎氏
童謡作詞家の高橋育郎氏が、千葉県習志野市「習志野市市制60周年記念」として「習志野ご当地キャラ」を作詞作曲され、その「ナラシノ♪どんどん音頭」を高橋氏ご自慢の声でご披露いただきました。

2.矢澤昌敏氏
 6月8日(日)、さいたま市大宮区の安楽寺で開催された「幕末慶應150年展」を観られた矢澤氏からご報告いただきました。ご住職が幕末歴史に造詣が深く、中でも、鉄舟が大好き、とうとうご自分で鉄舟を称える詩をつくり、自らの声でCDを作成したほどです。
鉄舟という偉大な人物にほれ込む人材が各地にいるという事実を再確認いたしました。    

3.末松正二氏
3月に続いて鉄舟の盟友「関口隆吉」についてご考察いただきました。

① 関口は練兵館(神道無念流、斎藤弥九郎)で剣術修行をしたが、ここの塾頭で兄弟弟子であったのが木戸孝允。この他練兵館には長州の高杉晋作、品川弥二郎、井上馨、伊藤博文、太田市之進等がいたので、関口は長州人と親密な関係であった。

② 既に愛知県令に内定していた関口が上京中に、宿舎へ伊藤博文と井上馨が訪問、山口県知事就任を懇願したが、この背景には練兵館で親しくしていた木戸孝允の推薦があった。この当時、大久保利通、木戸が旧幕臣を登用する際は、勝海舟、大久保一翁、山岡鉄舟等に相談していたので、鉄舟がこの人事にからんでいたことは確実と思われる。

③ 前原一誠は1870年9月に萩へ帰郷。しばらく自重していた。だが、10月28日に前原率いる反乱軍が山口県庁に向かって進撃を開始したが、11月5日島根県の宇龍港にて島根県警察に逮捕され、12月に斬首された。関口は准円寺の獄舎に入った前原達を厚遇、酒を飲みながら談笑し書を書き合ったりした。前原は家族に宛てた遺書の中で関口への感謝の気持ちを書き、家族のことを関口に頼んだことが書かれている。

④ 鉄舟が大いに甘えた親友で、鉄舟の依頼ならば無条件で尽くした人物であった。
●鉄舟の頼みで、武士の魂であった刀の大小を即貸している。
●関口が静岡県知事となった時に、鉄舟が清水次郎長のことを頼んだが、次郎長と付き合いがほとんど無いにも関わらず、警察に捕縛された次郎長を釈放するよう懸命に尽くした。また、それ以降も次郎長を大切にした。
●全生庵が保管していた関口と鉄舟の手紙のやりとりが清水市に贈られている。その手紙を、清水鉄舟会の加藤氏から多数送っていただき、例会で提示された。その手紙の内容は金の無心が多い。
●鉄舟は死去の際、関口に遺言をしている。末松氏の推察では、慶喜のことを頼むということではないかという。関口は実に慶喜の為に尽くしており、慶喜も関口の依頼には大いに応えている。慶喜が最も信頼した人物だったと考えてよい。

要旨は以上ですが、いつもながら末松氏の博学多彩な内容に参加者一同感心するばかりでした。改めて末松氏に感謝申し上げます。

なお、末松氏のご発表の際、永冨明郎氏による「朱子学と陽明学の違い」について、末松氏の依頼に基づき解説がなされました。永冨氏は常に歴史を大きな観点から見通したうえで、個別の事実関係を正確に細部までつかみとり、全体と個の関係性を見事に整理されるという、類まれなる才能をお持ちです。
5月の「新選組のふるさと~日野を歩く」際も同様で、高幡山明王院金剛寺の「土方歳三像」と「殉節両雄之碑」の前で、見事な補足解説をいただきました。
改めて、山岡鉄舟研究会には優れた人材が多いと再認識している次第です。

4.山本紀久雄
4月の木下雄次郎氏の発表「鉄舟、人生のこころの標を刻する77種の印」の解説・解読を受けまして、鉄舟と玄峰老師との関係、鉄舟書について考察いたしました。

① 山岡鉄舟居士印存、山本玄峰老子題字「神如誠至」掛け軸(紙本水墨・ 緞子裂・ 象牙軸)、「昭和30年9月上浣(注・上旬) 全生庵主玄實識」

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                                                                     (木下氏所蔵)
② 山岡鉄太郎、姓は藤原。名は高歩(たかゆき)。字は曠野(こうや)。鉄舟と号す

③ 嘉永三年三月、鉄太郎が高山・岩佐一亭へ「入木道書法入門之一札」を差し出す
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                                                       (岩佐家所蔵)
④ 嘉永三年十月、岩佐一亭から入木伝承五十二世伝授受け一楽斎の号を与えられる
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入木伝承52世山岡高歩

⑤ 明治十八年十二月「余が今日の書は則ち鉄舟流なり」(書法に就て)

⑥ 山本玄峰老子題字「神如誠至」
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⑦ 玄峰老子とは

⑧ 鉄舟と玄峰老子の関わり

⑨ 印とは何を意味するものなのか

⑩ 明治十三年三月「剣・禅二道において悟る」「書もその筆意が全くガラリと一変するに至った」(書法に就て)

⑪ 悟とは

⑫ 悟りを得た書には、鉄舟の心境が表現され、押印された引首印、落款印白文・朱文、 押脚印にも顕れているはず。
従って、印の意味究明は鉄舟の心境を突き止める行為でもある

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